国内の視覚障害並びに中途失明原因第一位を占める眼の病気は緑内障であること、また緑内障のメカニズムのひとつ、眼圧の上昇であることを前回の記事でお伝えしました。しかし、驚くべきことに国内における緑内障患者の大半は眼圧が正常であるにもかかわらず緑内障になっていることが近年、明らかになりました[1][2]。
この記事では緑内障の中でも眼圧は正常なタイプの緑内障『正常眼圧緑内障』について紹介します。
目次
正常眼圧緑内障は高眼圧の緑内障と何が違うの?
正常眼圧緑内障と高眼圧の緑内障との違いは、眼圧が正常範囲内であるか否かです。眼圧の正常範囲は、一般的に10-21㎜Hgとされています。高眼圧の緑内障では、この範囲を超えた高値を示すのに対して、正常眼圧緑内障では、眼圧は正常範囲内の値を示します。しかし、視神経が何らかの要因によってダメージを受けてしまうことにより、見えない箇所が次第に広がっていきます。
正常眼圧緑内障でも早期発見・早期治療は大切!
眼圧の上昇を伴う緑内障と同様に、正常眼圧緑内障においても早期発見・早期治療は極めて重要です。正常眼圧緑内障も初期段階では自覚症状がほとんどなく、注意が必要です。また、一度失った視野は取り戻すことは出来ません。眼圧の上昇を伴う緑内障と同様、定期的に眼科を受診することが大切となります。
正常眼圧緑内障の治療法は?
正常眼圧緑内障の治療方法について説明します。正常眼圧緑内障では、眼圧が上昇するタイプの緑内障と同様、眼圧を下げるための治療(点眼薬や手術)が行われます。「眼圧は正常なのに、さらに眼圧を下げる必要があるの?」と思われるかもしれません。しかし、患者さんごとに眼圧に対する視神経の丈夫さは異なります。体力に個人差があるのと同じです。
眼圧が正常範囲だとしても、視神経がもともと弱い人は、正常レベルの眼圧にさえ視神経が耐えられないのです(図1)[3]。
以上のことから、正常眼圧緑内障の患者さんに対しても眼圧を下げることで、病気の進行抑制効果をある程度得ることができます。実際、米国で行われた研究では、正常眼圧緑内障の患者さんに対して、30%程度眼圧を下げることで、8割の患者さんで病気の進行を遅らせたと発表されています[4]。したがって、正常眼圧緑内障の患者さんにとっても、眼圧を下げることは重要な治療となります。
眼圧以外の病気のメカニズムを解明する重要性
正常眼圧緑内障においても、眼圧を下げることが重要であることについてお伝えしました。しかし、高眼圧以外の緑内障のメカニズムを解明する必要があります。なぜなら、眼圧を下げる治療を行っても病気の進行を抑制できない正常眼圧緑内障の患者さんがいらっしゃいますし、眼圧を30%程度下げることが困難な正常眼圧緑内障の患者さんも存在するためです。したがって、「眼圧を下げる」以外の治療法の確立も極めて重要な課題です。
現在、推測されている病気のメカニズム
正常眼圧緑内障では、詳細な病気のメカニズムは不明ですが、視神経自体の脆弱性や血流障害など、様々なメカニズムが推測されています[5]。そのうちの1つである、血流障害について紹介します。
正常眼圧緑内障の患者さんでは、網膜の血流が低下している可能性が報告されています[6]。では、網膜の血流が低下しやすいのはどの様な人でしょうか。それは、低体温、低血圧、片頭痛持ち、そして冷え性の方と考えられており、網膜の血流の悪さが視神経を障害することに繋がる可能性が考えられています[5]。
その一方で、カシスアントシアニンが正常眼圧緑内障患者の網膜の血流増加作用を持ち、視神経障害を緩和する可能性が報告されています[7]。すべての正常眼圧緑内障患者さんで有効性があるのかどうかについてはまだわかりませんが、今後より詳細に検討されることを期待しています。
私たち研究グループの緑内障研究の動向について
冒頭でも述べたように、正常眼圧緑内障では、なぜ視神経が障害されてしまうのかについて未だによく分かっていません。なぜならば、病気のメカニズムを明らかにする目的で、患者さんの眼にメスを入れて視神経を取り出し、視神経で何が起きているのかについて研究することは、患者さんの負担を考慮すると不可能です。
これらの課題を解決するために、私たちの研究グループではiPS細胞を用いた研究に着目しました。iPS細胞とは、『induced pluripotent stem cells(人口多能性幹細胞)』の略称であり、iPS細胞からは体を構成する様々な細胞(神経細胞や筋肉の細胞など)を作製することができます(図2、図3)。
したがって、私たちは正常眼圧緑内障の患者さんから、iPS細胞を作り出し、iPS細胞から視神経を生み出すことで、正常眼圧緑内障のメカニズムを調べ、治療薬の開発研究を行っています(図4)。
これまでに、正常眼圧緑内障患者のiPS細胞から生み出した視神経では、視神経の突起が短くなっていることや、細胞の中の不要物を分解する機能が壊れてしまい、視神経にダメージを与えることを報告しています[8]。
こちらの細胞の中の不要物を分解する機能というのは、2016年のノーベル医学・生理学賞で着目されているオートファジーというものです。
また、正常眼圧緑内障に対して効果のある治療薬の研究も行っています。その結果、これまでにいくつかの薬剤で、視神経を上部にする作用のある成分を見出すことが出来ました。
さらに、iPS細胞の研究を発展させ、緑内障の研究にとどまらず、iPS細胞から立体的な構造を持つ網膜の作製にも取り組んでいます。iPS細胞から網膜を作製することで、より患者さんの体の状態に近い環境でメカニズムの研究や治療薬の調査、研究を行うことが出来ます。
さらに今後は、iPS細胞から作成した網膜を活用して、再生医療にもチャレンジしたいと考えています。iPS細胞から作成した網膜を移植することで、既に失明してしまった患者さんにも貢献していきたいと考えています。
まとめ
緑内障では、一度失った視野や元に戻せないことから、早期発見・早期治療が極めて重要です。加齢と共に緑内障にかかる人は増加するので、40歳を超えたら定期的な眼科の受診を行うことが良いでしょう。また、正常眼圧緑内障は未だに病態に不明な点が多く存在することからも、私たちは今後も研究に邁進していきたいと考えています。
※ 本サイトにおける各専門家による情報提供は、診断行為や治療に代わるものではなく、正確性や有効性を保証するものでもありません。個別の症状について診断、治療を求める場合は、医師より適切な診断と治療を受けてください。
【参考】
[1] Iwase A. et al. Ophthalmology. 2004 Sep;111(9):1641-8.
[2] さとう眼科クリニックホームページ
http://www008.upp.so-net.ne.jp/satogc/mottogla.html
[3] オオノ眼科クリニックホームページ
https://oono-ganka.jp/column/index04.html
[4] Collaborative Normal Tension Glaucoma Study Group (1998) The Effectiveness of Intraocular Pressure Reduction in the Treatment of Normal Tension Glaucoma. American Journal of Ophthalmology , 126, 498 505.
[5] つじもと眼科クリニックホームページ
http://www.tsujimoto-ganka.com/awaza/glaucoma/about.html
[6] 早水 扶公子、 田中 千鶴、 山崎 芳夫 臨床眼科 52 巻 4 号、 1998 年
[7] Ohguro L. et al. Hirosaki Medical Journal. 2007
[8] Inagaki S et al. Investigative ophthalmology & Vis Sci, 59 2293 2304, 2018
イラスト出典
https://imtal.org/column/work/knack-of-blood-collection/
https://www.irasutoya.com/
【画像】
Africa Studio/Shutterstock