
目の健康といえば、現代ではブルーライト対策や目薬が当たり前ですが、昔の人々もまた、目を大切にする知恵を持っていました。福岡県の遠賀地方には、「目すすぎの井戸」と呼ばれる不思議な井戸の伝承が残されています。これは、遠賀町若松の地に語り継がれる昔話のひとつ。
今回は、この「遠賀のむかしばなし(二話 目すすぎの井戸)」をひもときながら、目をいたわる心や、人々の願いが込められた井戸の物語をご紹介します。
遠賀のむかしばなしとは?
(画像提供:遠賀町公式サイト)
福岡県の北部に位置する遠賀(おんが)地域には、古くから人々の暮らしに寄り添ってきた昔話が数多く語り継がれています。自然や人々の信仰、生活の知恵などを背景に持ち、今でも地域の文化として大切にされています。「遠賀のむかしばなし」は、そんな地域の言い伝えを集めたもので、昔の人々の心のありようや、大切にしてきたものが描かれています。その中には、“目”にまつわるちょっと不思議なお話も登場します。
第二話「目すすぎの井戸」とはどんな話?
(画像提供:遠賀町公式サイト)
「目すすぎの井戸」は、若松のとある場所にまつわる昔話です。
昔、目の病に苦しんでいた一人の女性が、夢の中で「この井戸の水で目を洗えば治る」とお告げを受けます。不思議に思いながらも、その場所を訪れて井戸の水で目をすすいだところ、なんと病が治ったのだとか。その後も、同じように目の不調を抱える人たちが井戸に訪れ、水で目を洗うと良くなるという話が広まり、「目すすぎの井戸」と呼ばれるようになりました。この井戸の水は清らかで冷たく、目に優しかったとも語られており、人々の信仰の対象にもなったそうです。
【原文】(出典:遠賀町公式サイト)
若松の北の端にある堂島のお薬師さまは、眼の病気にたいそう効きめがあるということで、近郷の人びとに知られていました。
近くの小高い丘の上に槻の大木にとり囲まれた大きなお屋敷がありました。槻の木はケヤキの古いいい方で、近くの人たちは「つきのき屋敷」とか「長者屋敷」とかよんでいました。
その長者に美しい一人の娘がありましたが、ひどい眼病にかかって困っておりました。いろいろ手だてはつくしましたがよくなるどころかだんだん見えなくなっていきました。
悲嘆にくれていた長者は、そんなある時、近くの村に眼病のお薬師さまがあると人づてに聞きました。
日頃から信心のないことで有名だった長者でしたが、藁をもすがる思いで、さっそく娘をつれてお参りにでかけ一心にお祈りしました。
そんなお参りが幾日か続いたある夜のこと、夢の中に一人の老人があらわれていいました。
「私は堂島の薬師である。熱心に祈る姿に感心したので娘の眼をなおしてあげよう。薬師堂の西にある井戸の水で目をきれいに洗うとよい。」そういって光と共に消えていきました。
おどろいた長者は夜が明けるのを待ちかねて、娘と一緒に夢の中のおつげの通り薬師堂のお参りをすませ、すぐ側の井戸の水で目をていねいに洗いました。
(画像提供:遠賀町公式サイト)
そして二日たった次の朝、両方の眼はすっかりきれいによくなっておりました。
娘は大そう喜んで、お父さんの長者にいいました。
「お父さん、お願いがあります。あんなにひどかった私の目を治して下さったお薬師さまに何かお礼がしたいのです。あのお薬師さまのお堂はあまりに粗末で荒れはてています。どうぞ立派なお堂を造って下さい。」とたのみました。
まもなく、すばらしいお堂ができ上り、父娘は前にもまして熱心にお参りを続けたということです。
それから何年か経った永禄二年、大友宗鱗の乱で、お堂は焼け落ちてしまいましたが、夜になってお堂の焼け跡の方で、明るく光るものがあるので、村人たちが不思議におもって掘ってみました。
すると、キラキラとかがやくお薬師さまが出てきました。
やがて近くの栄宋寺に安置されたお薬師さまは、大勢の目の病いの人達の助けとなって近郷近在に広まっていきました。
そして、何年かたったある日、高瀬季国というお侍が、この人もひどい眼病で、いろいろつくしてもいっこうによくならないので困っていましたがお薬師さまの話を聞いてはるばるやってきました。
このお侍は三日三晩、お薬師さまに奉仕し、満願の朝がきて、ふと、何だか目の前が少し明るくなっていることに気がつきました。
急いで“目洗いの井戸”に行き、目をすすいでみますと、目はすっかりよくなっていました。
まぶしい朝の光りにかがやく木の葉の一枚一枚や、お寺の屋根瓦までがはっきり見えるではありませんか。
お侍は喜んで小踊りしながら、お薬師さまに深く感謝したということです。
※このお話は若松の栄宋寺の由来書に記載があり、高瀬季国というお侍の名は若松の小字名“末国”として残っています。
実際に訪ねてみたい!若松の“目すすぎの井戸”
この昔話の舞台となった井戸は、かつて若松・堂島にあった眼病平癒で知られる薬師堂の西側にあった井戸であり、現在では「目すすぎの井戸」と呼ばれ、現在も堂塔寺の北に残っています。
(画像提供:遠賀町公式サイト)
目の不調に悩む人々の切なる願いと、信仰の力が織りなす「目すすぎの井戸」の物語。
今もなお静かに佇むその井戸は、ただの昔話ではなく、時代を越えて受け継がれる“祈りの記憶”なのかもしれません。
現代に生きる私たちも、目をいたわり、心を澄ませるひとときを、この井戸から学んでみてはいかがでしょうか。
参考文献
https://www.town.onga.lg.jp/soshiki/17/1478.html
>アクセス
JR鹿児島本線「遠賀川駅」下車、駅からタクシーで約15分。または、駅前から芦屋方面行きのバスに乗車し、「島津橋」バス停で下車。
>住所
〒811-4304 福岡県遠賀郡遠賀町若松2504