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目のご利益スポット

【東北:山形】東北山形県にて多くの人を眼の病から救った鉄門海上人を拝もう!湯殿山注連寺

湯殿山注連寺

江戸時代に庄内藩の城下町として栄えた鶴岡市は、当時の街並みや歴史的な建造物が多く残されています。
鶴岡市の南東部に位置する「湯殿山注連寺」には、自らの左目を龍神に捧げて眼病平癒を祈願した即身仏「恵眼院(えがんいん)鉄門海上人(てつもんかいしょうにん)」様がおまつりされています。

 

湯殿山注連寺について

上:入口、中:天井絵画「飛天の図」、下:天井絵画「聖俗百華面相図」

注連寺は、天長10(833)年に東北地方を巡行していた弘法大師が開基したといわれています。
弘法大師は桜の木に注連縄(しめなわ)を張り、壇を築き、49日間の護摩祈祷を行い、湯殿山のご神体へと導かれました。
弘法大師が桜の木に注連縄をかけたことから、「注連寺」と寺号がつけられ、注連縄をかけた桜は「七五三掛桜(しめかけざくら)」と呼ばれ、咲き始めた頃は花びらが白色で日が経つにつれて桃色に変わる神秘的な御神木です(開花時期は5月上旬頃)。
平成24年に東日本大震災復興支援プロジェクト「東北・夢の桜街道~桜の札所・八十八ヵ所」の47番に選定され、また日本遺産「出羽三山『生まれかわりの旅』」の構成文化財の一つに認定されている桜です。

また本堂の天井を見上げると、故・村井石斉画伯による伝統絵画と4人の現代作家による絵画の展示なども楽しむことができます。

 

目の神様としても信仰のある即身仏「恵眼院 鉄門海上人(えがんいん てつもんかいしょうにん)」

左上:恵眼院 鉄門海上人、右上:眼病平癒のお守り、右中:注連寺からの眺め、左下:七五三掛桜 咲き始めの様子、右下:七五三掛桜 見ごろの様子

注連寺には、日本でも珍しい即身仏(そくしんぶつ)が安置されています。
即身仏とは、厳しい修行を行い自らの肉身を残して大日如来となった僧侶のことをいいます。
こちらに安置されている即身仏は、宝暦9(1759)年に鶴岡市で生まれた鉄門海上人は21歳で注連寺に入門し、「鉄門海」の名を与えられました。
その後、湯殿山の仙人沢で修行を行い、数々の事業を成し得たといわれています。

文政の頃、江戸では眼のはやり病が蔓延し、人々が病に苦しんでいました。
その頃、江戸にいた鉄門海上人はこの事態に直面し、「私の祈祷によって病を治そう」と決意しました。文政4(1821)年、隅田川の上にかかった両国橋の真ん中に立ち、厳しい表情で念仏を唱え続けました。
次の瞬間、目をぱっと見開き、手に持っていた短刀で自身の左目をえぐり出しました。
隅田川の龍神に向かって、「眼病平癒、なさしめたまえ(眼病平癒を成就させよ)」と唱え、左目を捧げました。
すると眼病で苦しんでいた人々が次々と平癒し、江戸の町から眼の病が消えたといわれています。
人々は鉄門海上人を崇め、「恵眼院(えがんいん)」と呼ぶようになりました。

衆生救済に尽力された上人は文政12年(1829)12月8日 71歳で即身仏と成られました5月8日には、毎年鉄門海上人大祭が行われ、多くの人が参拝に訪れます。自らの左目を龍神に捧げ人々を眼の病から救い、そして民衆の苦しみを代行して即身仏となった鉄門海上人。鉄門海上人が安置された注連寺を訪れてみてはいかがでしょうか。

 

>アクセス
JR「鶴岡」駅より車で約30分

>住所
>山形県鶴岡市大網字中台92-1

>お問い合せ
0235-54-6536

>URL
http://www2.plala.or.jp/sansuirijuku/

>備考
【拝観料】大人 500円
【参拝時間】10:00~16:00
5月~10月不定休

この記事を書いた人

メノコト365編集部

目の健康に関するあらゆる情報を発信しています。子どもたちが健やかな目で生活できるように、小さなうちから正しい健康習慣を身につけてもらうための健育イベントを開催するなど、目の健康について意識を高めるきっかけになることを願い様々な活動をしています。

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