皆さん、成長するにつれて徐々に遠くが見えにくくなるような経験をしたことはありませんか?学校で黒板が見えにくくなって前の方の席に移動したり、眼を細めて凝視しないと遠くの文字が見えないなど。これは近視が進行しているためです。
近視は私たちにとって最も身近な眼の病気です。現時点で全人類の約1/3が近視を患っているといわれるほど患者数が多いのです [1]。
この記事を読まれている皆さんのなかにも、日常的にメガネやコンタクトレンズを用いて近視の矯正をしている方がいらっしゃるのではないでしょうか?世界的な近視人口の増加、特に子どもの視力低下は社会問題になっています。
なぜこのような眼の不調が現れるのでしょうか?今回は近視の原因や治療方法について解説したいと思います。
近視ってどんな病気?
眼球の構造をカメラに例えてお話しします。カメラのレンズにあたるのが角膜と水晶体、フィルムにあたるのが網膜です。眼に入る光が角膜や水晶体で屈折し、網膜上で焦点が結ばれると、モノがはっきりと見えます。一方、網膜上に焦点が合わなくなると視界がぼやけます。このような状態を「屈折異常」といいます [2]。
「屈折異常」にはいくつか種類があり、網膜よりも手前側に焦点を結ぶ状態が「近視」です (図1)。
「近視」になると遠くのものが見えにくくなりますが、ほとんどの近視はメガネやコンタクトレンズを使って光の屈折を調節することで矯正することができます (図2)。
どうして近視になるの?
一般的な近視は「眼軸(がんじく)長(ちょう)」が伸びることが原因です。「眼軸長」とは角膜から網膜までの距離のことで、この距離が伸びると光の焦点が網膜より手前で結ばれてしまいます。
体が成長するにつれて眼が大きくなると、自然と眼軸長が伸びます。多少の変化ならば水晶体の厚みを変えることで焦点のずれを補正することができます。しかし、様々な要因が加わることでさらに眼球が変形し、眼軸長が過剰に伸びてしまうと、焦点を補正できなくなってしまいます (図3)[3]。
では、なぜ眼球が変形してしまうのでしょうか?様々な説がありますが、最も代表的なものとして近距離作業や屋内作業の増加など、「近くを見る時間が長くなること」があげられます。近年は、子どもの頃からスマートフォンやパソコンを使う機会が増えていることが眼球に悪影響を与えているという議論が活発になされています。
最近では、「長時間外で遊ぶ子どもは近視になりにくい」という研究結果があります。12歳児を対象に「屋外で過ごす時間」や「近くを見る時間」と「近視のリスク」の関連を比べた研究では、屋外で過ごす時間が長いほど近視のリスクが低くなることが分かりました。この結果から、屋外に出て遊んだり、遠くを見たりする時間の長さが近視の進行に深く関わると考えられます [4]。
また、両親が近視の場合子どもも近視になる、といった噂を聞いたことはありませんか?かつては噂レベルでしたが、最近の研究によって近視の原因には「遺伝的要因」も含まれることが分かっています。
2015年に京都大学の研究グループが、約1万人の日本人データを解析することによって「WNT7B」という遺伝子の変異が近視の発症に影響を及ぼすことを報告しました [5]。この発見を皮切りに、近年様々な関連遺伝子が報告されています。近い将来、近視の発症リスクや進行度を遺伝子から判定・予測できる時代が来るかもしれません。
近視が増えているって本当?
近視の人口は世界的に増加していています。特に日本を含む東アジアの国々の近視人口の増加率が著しいといわれています。さらに2050年には世界人口の約半分が近視になるという試算もされているほど、世界的な問題になっています [6]。
日本に限っても近視の人口は増加しています。特に若者の視力低下が著しく、文部科学省が毎年行なっている学校保健統計調査の結果をみると、小学生、中学生、高校生のいずれの年代でも、過去30年ほどで裸眼視力が1.0未満の学生の人数が如実に増加しています (図4)[7] 。若者の視力低下の原因は大半が近視であることから、日本での近視人口の増加が大きな問題であることが分かります。
予防や治療はできるの?
残念ながら現在、近視の原因となる伸びてしまった眼軸長を元に戻す方法はありません。そのため、いかに近視の進行を抑制するか、すなわち近視の進行を予防することが重要です。最後に、近視の予防方法を紹介します。
生活習慣の改善による方法
- 屋外活動を増やす
先にも説明しましたが、「屋外活動時間が長い子どもは近視になりにくい」という研究報告があります。遠くを見る時間が長くなることに加え、太陽光に含まれる紫色の光「バイオレットライト」を適度に浴びることも、近視の抑制に効果があることが発表されています。慶應義塾大学の研究チームは、バイオレットライト(図5)が眼に入ると近視の進行抑制に関わる遺伝子「EGR1」が活性化され、近視が進行しにくくなることを突き止めました [1, 8]。1日の内に数時間は屋外に出て、遠くを見たり日光を浴びることをおすすめします。 - 適度に眼を休ませる
読書やパソコン、スマートフォンに触れることで、必然的に近くを見る時間が増えます。長時間にわたって近くを見続けると、眼に負担がかかります。1時間に10~15分程度の休憩をとることを心がけましょう。
医薬品を用いた重症化の予防
昔から子どもの弱視の治療や眼の検査時に散瞳剤として使用される、「アトロピン」という薬剤が、成長期の近視の進行抑制に期待できるという報告があります [9]。0.01%という非常に低濃度のアトロピンを1日1回点眼することで、近視になりにくくなる可能性が示されています。
なぜ散瞳薬のアトロピンが近視予防効果を示すのかについては未だ解明されていませんが、一つの仮説として眼軸長の伸長に関わるα2Aアドレナリン受容体をアトロピンが阻害することで効果を示すのではないかと考えられています [10]。
残念ながらアトロピンを用いた近視予防は自費診療のみで行われていますが現在、有効性を明らかにするための臨床試験が行われているので、近い将来アトロピンが主要な近視予防方法の一つになる日が来るかもしれません。
予防の段階を過ぎてしまい、ある程度近視が進行してしまった場合も、打つ手が全くないわけではありません。現在では、メガネやコンタクトレンズによる視力矯正以外にも、眼内コンタクトレンズのインプラント、レーシック手術、オルソケラトロジーなど治療の選択肢が増えつつあります。
ただし、いずれの治療にも必ずメリット・デメリットがあるため、医師から説明をしっかり聞き、正しい知識を持った上でご自身に合った治療を選択することが大切です。
- 眼内コンタクトレンズ:ソフトコンタクトのような柔らかい無色透明のレンズを目に装着し、視力を矯正する。
- 角膜にレーザーをあてて角膜のカーブを変え、近視・遠視や乱視を矯正する。
- 就寝中に専用ハードコンタクトレンズを付けることで、角膜の形を正しく変化させ裸眼視力を矯正する。翌朝レンズをはずした後も、角膜の形状が矯正された状態を一定時間維持できるため、裸眼で過ごすことができる。
近視は身近な病気である一方、ひどくなると生活の質を著しく下げてしまいます。子どもの近視は早い段階で予防するほど効果が期待できるため、視力低下に気が付いたらできるだけ早く眼科を受診しましょう。
※ 本サイトにおける各専門家による情報提供は、診断行為や治療に代わるものではなく、正確性や有効性を保証するものでもありません。個別の症状について診断、治療を求める場合は、医師より適切な診断と治療を受けてください。
【参考文献】
[1] 子どもの近視情報サイト
https://healthcare.jins.com/memamoru/
[2] 日本近視学会 HP
https://www.myopiasociety.jp/general/about/
[3] 医新会グループ HP
https://www.ocular.net/disease/myopia.html
[4] Rose KA et al, Ophthalmology, 2008
[5] M. Masahito. et al. Nature Commu. 2015
[6] Brien A. Holden. et al. American Academy of Ophthalmology. 2016
[7] 文部科学省 『学校保健統計調査』(令和元年度)
[8] Torii H et al, Sci Rep, 2017
[9] Schwahn HN et al, Vis Neurosci, 2000
[10] Brittany J Carr et al, Invest Ophthalmol Vis Sci, 2018