メノコト365の読者の方から、「目のお薬ってどうやって作られるのですか?」という質問をいただきました。メノコト365編集部として、これはどうしてもお答えしたい!と考え、医薬品研究者として、企業でも大学でも研究実績をお持ちの岐阜薬科大学 副学長 原英彰教授に詳しくお話を伺いました。
原 英彰(はら ひであき)教授
薬学博士。薬剤師。岐阜薬科大学副学長、薬効解析学教授。製薬企業の研究所で抗片頭痛薬、脳卒中治療薬、抗緑内障薬などの新薬の研究開発に従事。脳や目の病気の解明とその治療薬の研究、健康食品の研究などを行っている。
目次
目薬の新薬開発は意外と難しい!メカニズムが複雑って知っていますか?
大江編集長(以下、大江):読者の方から、「目のお薬はどのようにして作られるのでしょうか?」という質問をいただきました。目の薬といえば、一般的には点眼薬だと思いますが、どのような流れを経て作られるのでしょうか。
原教授(以下、原):目の薬にも点眼薬をはじめ、注射薬や塗り薬、飲み薬などたくさんあります。読者の方がイメージされるのは点眼薬でしょうから、ここでは点眼薬の作り方、特に患者さんの多い緑内障の眼圧降下薬を例にお話ししましょう。
大江:お願いします!
原:まずは、病気がどのようなメカニズムで起こるのかを調べる必要があります。例えば、細菌やウイルスが原因の病気であれば、こういった菌を殺すことで効果が得られます。いろいろな目の病気がありますが、それぞれの病気ごとに原因はさまざまで複雑です。そのため、薬の作用メカニズムも複雑になります。
大江:点眼薬は市販でも気軽に買えますし、目の薬が複雑だとは思いもしませんでした。
原:そうなんですよ、意外でしょう。例えば、緑内障。緑内障は年齢とともに有病率が増加することが分かっている病気です。視神経が障害され、視野(見える範囲)が狭くなったり、部分的に見えなくなったりする病気です。視神経が障害される原因の1つは、眼圧(眼球内の圧力)の上昇です。眼圧は眼球内に存在している「房水」と呼ばれる水分が増えたり、出口が詰まりその流れが滞ることで上昇します。
そのため、緑内障患者の方への眼圧降下薬を作るには、前述の「房水が増える」「房水の出口が詰まる」部分に作用する医薬品を作る必要があります。まずは、そのような働きを持つ可能性のある薬のタネを探します。
薬のタネ探しって何?タネ探しから始まる研究のステップとは
大江: 新しい薬のタネとはどのようなものですか? 目薬など、液体全体が薬なのではないでしょうか?
原:薬は、効き目のある薬のタネ以外にもいくつかの物質と混ぜ合わせて作られます。例えば点眼薬では、効き目のある薬のタネを、点眼するための液体に混ぜますし、錠剤の飲み薬も、効き目のある薬のタネのほかに、薬を固めるための添加物を一緒に混ぜ合わせて作ります。
候補となる薬のタネ を見出し、細胞や 動物を用いて、期待した薬効があるのか、安全性に問題はないのかを調べます。候補となる薬剤を、点眼薬の溶媒に溶かして細胞に振りかけたり、動物の目に点眼して調べます。
大江:細胞とはどのようなものですか?
原:ヒトや動物の目から取り出した細胞を使います。動物での試験の前に、ヒトや動物から取り出した目の細胞を使って、効果や安全性を調べるんです。
大江:目の細胞での研究が第一ステップとして、全体ではどのような流れなのでしょうか?
原:目の細胞で効くか調べ、効果がありそうだと分かったら次のステップに進みます。次の動物試験は、健康な動物で調べ、そのあとに病気の動物で調べます。動物も、マウスのような小動物からスタートし、ウサギなどの中型の動物を経てサル(マーモセット)というように人に近い動物にスケールアップします。ここまでの研究を実施して、効果があり、なおかつ人でも使えそうだとなったら、健康な人で調べた上で、病気の人で調べます。
大江:動物での試験は、一回やって終わりではないんですね。
動物試験とヒト試験。常に求める有効性と安全性
大江:動物での試験がたくさんあるのにびっくりしました。動物とヒトの試験では何を重視するのでしょうか?
原:それぞれの段階で、予想した効果が得られているか。また、副作用が出ないかを細かく調べます。新薬は、効果があることはもちろん、安全である必要もあるため、たくさんのステップを経て丁寧に検証します。
また、ヒトでの臨床試験も段階によってフェーズⅠ~Ⅲの3段階に分かれます。フェーズⅠで少数の健康な人、フェーズⅡでは少数の患者さんを対象に、点眼薬の有効性、安全性を確認します。さらにフェーズⅢで多数の患者さんを対象に試験を行い、既存薬やプラセボ(偽薬)と比較しながら、有効性・安全性を検証します 。
大江:既存薬と比較するのはどうしてですか?
原:すでに薬がある分野であれば、既存薬と比べてより高い効果が得られるものでないといけません。または薬効が同等で副作用がないなど、何か特徴がないと新規の薬としては認められないためです。
大江:目薬の開発で苦労することは何でしょうか?
原:途中まで開発が進んでいたものが、副作用などによってストップすることがあります。効くけれど充血などの副作用が現れるなどです。目が充血する目薬は、医師も患者さんも嫌ですからね。そういう薬は開発途中でもストップし、副作用のできるだけ少ない薬 、安全性が担保されている薬の開発が望まれています。
大江:ここまでやって、効くのにダメになるってこともあるんですね。
目薬開発のトレンドは?
大江:そもそも医薬品開発全体の中だと目の薬の開発というのは多いのですか?
原:少ないですね。例えば滲出(しんしゅつ)型の加齢黄斑変性(ウェットAMD)という病気は日本で1000億円、世界で1兆円の市場があるといわれています。大きいと感じませんか?
大江:世界で1兆円も?それだけ患者さんが多いということですね!
原:こうみると市場は大きく見えますが、ガンや高血圧、高脂血症の市場と比べると小さいです。さらに、目薬はほかの薬と違って目だけに適用するので、処方が特殊で製薬会社が簡単にまねできないということも、開発数が少ない要因の一つです。ノウハウが必要で難しい分野なんです。
大江:最近の点眼薬の研究、開発のトレンドはありますか?
原:多くの研究者は、新しい効能をもった新しい薬の開発を行いたいと考えています。例えば今一番望まれているのは近視の薬です。製薬会社は開発に取り掛かっているそうです。しかしまだ薬にはなりません。
また、点眼薬の中身だけでなく、使う人がもっと使いやすくなるような容器の開発も進んでいます。例えば点眼薬の容器を使いやすく持ちやすい形にしたり、差しやすい容器を作ったり、お年寄りのために容器を柔らかくしたりと、様々な工夫をしています。後発薬を販売するジェネリックメーカーはそういったところも考えて開発しています。
予防の薬はできないのでしょうか?
大江:目が見えなくなると不自由さだけじゃなくて生活の質が変わったり、外出が怖くなったりして、日常生活に影響がありますよね。お薬は悪くなってからのものですが、予防のための薬などはないのでしょうか?
原:予防のための薬というものは世の中にないんです。病気じゃない状態に対する薬というものは認められないのです。
大江:そうなんですか?ドライアイや疲れ目の目薬も違うのでしょうか?
原:ドライアイや疲れ目も、それらの症状を緩和するためのものですので、現れた「症状」を改善する「医薬品」なんです。
大江:それでは、目の症状の予防のためには…?
原:そこは医薬品以外のものの力を借りるのが良いと考えています。サプリメントやブルーライトカットの眼鏡などですね。こういった予防をすることで病気になりにくくなると考えられます。もちろん検診も大事ですし、病気になった時の対応(治療)となる前の対応(予防)をきっちり考えて、目を大切にしてほしいですね。
大江:ありがとうございました!
目薬を開発するためには多くのステップがあり、研究者の方々は熱意をもって開発のための努力を続けられていることが分かりました。
普段何気なく手に取っている目薬も、一滴一滴の重みを感じながら使いたいですね。
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